2007年11月06日
宮澤喜一の英語力
すごい、がんばり屋さんだったんですね。
政界随一といわれた英語、聞いてみたかったな。
海外の要人との会談を通訳を介さず行うなど、英語力は当時「政界随一」とも言われた。通訳が他の閣僚の為に随行し通訳を行っているのを横で聞き、通訳の間違いを指摘した事もある。一方で、宮澤嫌いで知られた田中角栄からは「英語屋」などと揶揄された。「学生時代は辞書を丸暗記した」「辞書を食べた」といった伝説が実しやかに語られるが、本人曰く英語は東大時代に日米学生会議に出て使い物にならないことを痛感し、戦時中も英字新聞などを日々読むようになったといい、なんといってもイギリスやアメリカを中心とした連合国の占領時代、必要に迫られて毎日英語を使わざるを得なかったことが大きかったという。
議員会館の食堂で英字新聞や英文雑誌を読んでいる宮沢の姿は周囲から「英語上手を鼻にかけて嫌味な奴」と思われていたらしい。あるとき、後ろから「日本の国会議員なら日本語の新聞を読みなさい!」と声をかけられるが、そこにいたのは新人議員の浜田幸一であった。浜田も後ろを向いていたのが宮澤とは知らなかったため(宮澤の方が歳も国会議員歴も先輩である)、恐縮していると、宮澤に「国会議員だから浜田さんも英字新聞を読みなさい」と切り返されたという。このエピソードは浜田が何度もマスコミで語り、著作にも記述しているが「私は英語は勉強できないから息子(浜田靖一)を海外留学させた」というオチもついている。
ブッシュ大統領が首相官邸での晩餐会の席上宮沢の膝の上に嘔吐した事件は、その映像が全世界に配信されて各方面に衝撃が走った。翌朝、官邸に詰めかけた国内外のプレスを相手に、宮沢は自らが一人で記者会見に臨んだ。しかも30分あまりの記者会見と質疑応答のほぼ全部を英語で行った。この際の宮沢の説明は、現在の大統領の容体から、来日前からインフルエンザで体調不良だったこと、そして晩餐会席上の様子や食事の内容にいたるまで詳細かつ専門的なものだったが、その語り口は堂にいったものだったとの評価を受けた 。前代未聞の大統領の醜態に右往左往するアメリカのメディアも、膝に吐かれた総理本人がこうこうしかじかと淡々と説明しているの見て、これなら心配はないとすぐに察したという。クリントン大統領は総理時代の宮沢との会談後、これを賞賛したという。
このように宮澤を語るにあたり、英語を巡る逸話は欠かせないものとなっているが、閣僚として国際交渉を重ねるうちにフランス語の重要性を痛感し、中年を過ぎて勉強を始めた。当人は「志半ばで終わった」と語るが、議員としての多忙な日々の合間に習得への努力を重ねていたことが知られている
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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